TRE / PARTE 1 『過去、現在、そして未来へ』 December 4th, 2018

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Buongiorno Ragazzi!

 

皆様、こんにちは。朝晩の冷え込みがますます強くなり冬の訪れを感じさせる気候となって参りました。いかがお過ごしでしょうか?

 

さて本日は創業から7年のBENHEARTが短期間で何故これだけの評価をイタリア国内で受け、海外に出店することになったか?実際イタリアでの評価はどうなのか?イタリア人はどんなスタイリングをしているのか?をお伝えします。

 

第3回目は「過去 現在 そして未来へ」のうち、「過去」についてお話させて頂こうと思います。

 

【過去】
前回ご説明した通りBENHERATブランドの創業は2012年、HICHAM BENMBAREK(以下HB)とMATEO MASINI(現在は退任)によってフィレンツェ郊外のスカンディッチ(※1)にて誕生しました。
このスカンディッチはフィレンツェの隣町で世界に名だたる高級レザーブランドの多くがこのスカンディッチに工場やオフィスを構えており、イタリア国内でスカンディッチと言えばレザーブランド、または産業を意味することが多いようです。
※1 スカンディッチ(Scandicci)はトスカーナ州フィレンツェ県にある人口51000人の基礎自治体(コムーネ)

 

2012年、このスカンディッチの小さな工房で誕生したBENHERATは、同年フィレンツェのチェントロ(中心地)から徒歩約15分程離れたVIA PRATO(プラト通り)に第1号店を出店しました。
このプラト通りは観光客がほぼ通らず、地域の生活道路にあり、ファッションとは無縁の通りだったため、当時のBENHEARTの店舗では1日の来客がゼロの日も沢山ありました。

 

当時のBENHERATは資金のほとんどを生産コストに回していました。
大量生産品の約4倍から5倍ほどのコストを必要としたため、出店費用に多額の資金を投入することが困難だったのです。

 

「100%ハンドメイド」全ての製品をフィレンツェで、しかも伝統のある職人と共に製作していく創業者の理念はデザイナーとしては崇高かもしれませんが、「ビジネス」としては賢い選択とは言えませんでした。

 

日中は店舗前でベルトの製作や革加工技術のデモンストレーションを行い、夜間は創業者二人でBARやDISCOに行き手売り販売をしていたほどだったのです。

 

 

「あの頃の僕たちは本当に毎日が苦しかった。出店場所が極端に悪かったから日々の集客に苦労したんだ。いくら品質が良い製品を製作してもそれを知ってもらい機会が少なかったし立地やブランド名だけで3流のフェイクブランドとして扱わた。来店したお客様からは、一流ブランドにも勝る良い製品ならばこんな場所にお店はないはずだ!と言われた。少しでも沢山の人に知ってほしいから営業終了後に人が集まる場所に行き営業した際にも、こんなのその辺の市場で売ってるのと変わらない!と投げ捨てられたこともあったよ。僕がモロッコ人だから余計にそう見えたのかもしれないね(笑)」(2015年音声記録)

 

開店から約半年後、ある人物の来店がBENHERATへの脚光を集めることになりました。
彼の名は、GIANCARLO ANTOGNONI(ジャンカルロ アントニョーニ)(以下GA)
1970年代から80年代のイタリア代表するファンタジスタ。W杯スペイン大会での優勝の立役者の一人であり「フィレンツェの至宝」「星を見てプレーする少年」と言われたフィレンツェの伝説的なサッカー選手です。そもそも日本サッカーの歴史が浅いのでピンと来ないかもしれませんが、例えるならば三浦知良氏や中田英寿氏にあたるのでしょうか…

 

GAの来店はBENHERATにとって運命を変える出来事の一つでした。
ある時、HBが店頭でベルト作りをしていた時のことGAが来店しました。
幼い時から地元の、、、いや大袈裟ではなくイタリアの英雄であるGAに憧れていたHBはその興奮を隠しただひたすらベルトを作っていました。
目の前でその様子を食い入るように見るGA、その視線を感じながら持てるスキルを発揮するHB、憧れのグランデジョカトーレ(偉大なサッカー選手)が目の前居る・・・ その緊張は、その後経験する大きなファッションショーや授賞式よりも緊張したそうです。

 

数十分後、1本のベルトが完成しました。ようやく顔をあげたHBにGAはこう言ったそうです。その時の会話を。

 

GA
「とても良いものを見せてもらえたよ。ありがとう。早速で申し訳ないが僕の分も作ってくれるかい?」

 

HB
「勿論です、、、、もしかしてあなたはジャンカルロ アントニョーニさんですか?」

 

GA
「その話は後にしよう。僕は今、自分の為だけのベルトを君に作ってほしいんだよ。だから今の僕はただの客さ」

 

HB
「分かりました。ただ今の僕は凄くナーバスでこの興奮をどうすれば良いかその方法が分からないのです。」

 

GA
「そうか。では君に一つだけアドバイスしよう。このシチュエーションが何万人の前でもゼロでもプロならばやれることを全力でやる必要がある。もし君がプロならば尚更だよ。」

 

HB
「確かにその通りです。では持てる力を出しますが、一つだけ教えてください。。 あなたは試合に出る時、緊張しますか?逃げ出したくなったりしたことはありますか?」

 

GA
「毎回そうだったよ。リーグ戦の時も代表の時も常に足が震えたよ。でもそれはそこに立つ意味を自覚していたからだと思うよ。人々の期待や夢、色々な物を感じその責任の重さを知っていたからだと思う。今君はどう思っているんだい?」

 

HB
「とても緊張しています。目の前にいるのがあなたならば尚更。ですがあなたの言う通り私はプロですからあなたの期待に応えたいと思います」

 

GA
「そうだ。その意気だよ。さぁでは始めようか?」

 

HB
「はい。では始めましょう!」

 

革選び、バックル、ステッチ、細工など全てを一任されたHBが選んだ原革はベーシックブラック、に年期を感じさせるヴィンテージ風のバックル、ベルトの上下に白糸で等間隔に入れたステッチ、専用ナイフで縦横縦横無尽にカッティング入れ1本のベルトを仕上げます。

 


(イメージ)

 

HBがここで製作したベルトのイメージはこうでした。
原革=サッカーのフィールド(当時は緑の原革が無かったので一番シンプルなブラックを用いた)
バックル=名サッカー選手であり、引退した今でも影響力の強い偉大な選手としての地位を年期の入ったヴィンテージで表現
ステッチ=フィールドのタッチライン(ピッチの白線)をイメージ
細工カッティング=フィールドを縦横無尽に駆け巡ったプレースタイルを表現

 

このベルトの「意味」をGAに伝えました。
GAは真剣な眼差しでHBを見つめ一言「BRAVO BRAAAVO」と答え、その場でそのベルトを通したそうです。

 

「ベルト」それはパンツを固定する為のツールに過ぎず、そこにお金をかけるならばアウターやシューズ、パンツにお金をかけたい。と言う方も多いでしょう。
ファストファッションや低価格な製品を沢山集め着回しを重視するのが現代のトレンドならば尚更のこと。
「パンツを固定するただのベルト」と「オンリーワンのオーダーベルト」の違いを理解する方はごく僅かかもしれません。
しかし個々の「人生のストーリー」や「意味」が含まれた製品を、私達はとても素敵な事だと思います。

 

さて、その後どうなったか?
何となくご想像できてしまう展開かもしれませんが、、、(笑)

 

GAはそのベルトを大変気に入ってくれたそうです。そしてHBこう言いました。
「君たちの仕事はもっと人に知られるべきだよ。フィレンツェには沢山のペッレテリア(革専門店)があるけれど、そのどれもが大量生産品でイタリア製ではないものも含まれている。偽りも多いし品質の悪い製品を観光客向け専門で販売している所も多い。君達が本当のフィレンツェ産にこだわるのならば沢山の人々が行きかう場所に行くべきだろう?…君たちはどうしてこんなところで商売をしているのだい?」

 

HBは多額のコストを要するため一流の場所に出店が困難な事や100%フィレンツェ生産を達成している事、自分が移民でありそもそもイメージがポジティブではないことなど細かく説明をしました。

 

GA氏は「そうか…分かった。とても辛いと思うが絶対に諦めてはいけない。私の様に君の仕事ぶりを見ている人間は必ずどこかにいるし自分たちの仕事に自信と誇りを持つ事がなによりも大切だ。私は君たちの仕事を高く評価するよ!今日は本当にありがとう!」
そう言い残し彼は帰ったそうです。

 


GIANCARLO ANTOGNONI氏(PITTI UOMO 2016 FASHION PARTYにて)

 

「彼はベルトを手に取ってすぐには付けなかった。まるで子供を撫でる様に優しく滑らかに表面を触っていた。『これが君から見える僕の人生なのか…』と言ったことが感慨深い。沢山のベルトを作ってきたけれど、そんな風に表現した人は彼が初めてだったからね(笑)」(後日談)

 

しかしこの出来事がきっかけかは分かりませんが、その直後から毎日の様にお客様が来るようになりました。
フィレンツェを代表するレストランのオーナーやシェフ、地元有力企業の社長、モデル、競合であるレザー専門店のスタッフや社長までもがBENHERATに来店する様になりました。

 

中でも彼が一番驚いたのは、地元プロサッカーチームのフィオレンティーナ所属の選手達の来店でした。
彼らはベルトと同時にBENHERATのシワ加工ジャケット’MICHELANGELO’を購入していくのです。
彼らが着用することに加え、物珍しいシワ加工が大きな話題を作りました。これが現在でもBENHERATで続く人気ナンバーワン製品となった原因だと言われています。

 

また、フィレンツェ以外の地域からも多くの注文が入りました。
彼が印象的だったのは当時ACミラン所属でイタリア代表だった’エルシャーラウィ選手’から届いたミラノへの招待でした。
日本代表の本田圭佑選手が在籍している事でも有名となったACミランはイタリアを代表するクラブチームであり、世界で最も有名なクラブチームの一つです。
ACミランのクラブハウス(通称カーザミラン)に招待された彼は注文通りエルシャーラウィ選手に製品を届けました。そして本田圭佑選手と当時の監督であるミハイロビッチ氏にも製品を届けたのです。

 


(本田氏とCASA MILAN にて)

 

驚くのはそれだけではありません。
世界を代表する選手で中田英寿氏と共にセリエA優勝を果たしたアルゼンチン、フィレンツェの伝説的な選手であるバティストゥータ選手や、当時FCバルセロナに所属していたエトー選手、その他大勢のサッカー選手へ製品を届けることになります。

 


ガブリエル バティストゥータ氏

 

また上記の他にイタリアを代表するアーティストへの衣装提供やモデルからの特注など、活躍を一気に広げることになります。
この影響もあり着実にその人気を高めたBENHERATは現在の本店である、中心地に出店することになったのです。

 

これらの影響がGA氏による宣伝かコネクションかを知る余地はありません。しかしながらあの時GA氏と会ったことでHBの中にある不安は消え去り、自信と希望に満ち溢れたことに間違いはないでしょう。

 

そしてBENHERAT誕生より3年後の2015年、ヴェネツィア国際映画祭にて以下の表彰を受けます。
Award of Excellence of italian companies at Festival di Venezia 2015
(ヴェネツィア国際映画祭で行われる映画部門以外での栄誉賞)

 

続いて2016年、イタリアを代表するサンレモ音楽祭にて

Award as Excellence in made in italy at Festival di Sanremo 2016.

Award by BAU as international Ambassador of Made in italy 2016

 

を受賞します。
これらの賞の受賞はBENHERATにとって最大の栄誉賞でした。
レザーブランドとして、また創業間もない無名ブランドが受賞することをだれも予測することが不可能だったからです。

 

この受賞と共にHBの名前はイタリア中の同業者や業界に駆け巡ることになります。
TV出演が増え、コラムを抱えるようになり、自分の生い立ちや製品作りに対する姿勢をより多くの人に伝えることができるようになりました。
生粋のイタリアンではないがイタリア人よりも製品質や製法にこだわり、大量生産が主流となった現代の勢いで失われていく伝統保持者としての地位と名声を得ることに成功しました。
上記BAUアンバサダーの授賞式では、FENDI創業者の三姉妹で、現在もFENDIブランドに大きな影響を与える’ANNA FENDI’女史と出会うことになります。

 

アンナ女史曰く「彼の製品への情熱や信念を聞くとまるで昔の父を見ているようだ。」と言われ、そのことがきっかけとなり、PITTI UOMO 2016でのBENHERAT主催パーティーでのゲスト参加を果たすことになりました。

 


左からGIANCARLO ANTOGNONI氏、ANNA FENDI女史、HICHAM BENMBAREK

 

ご存知の方も多いと思いますが’PITTI UOMO’とは世界を代表する紳士服の展示見本会であり、世界中の有名ブランドや新鋭デザイナーのコレクションを発表する超大型展示会です
2016年BENHERATが野外映画場で行ったファッションパーティーには1000人を超える出席者がおり、その中にはアンナ女史含め有名モデルや歌手、アスリートも数多く参加しました。
この時の様子はHP(VIDEO)でご確認いただけます。

 


PITTI UOMO 2016 BENHEART FASHION PARTYの様子

 

この圧倒的な飛躍により世界中からの出店要請やが相次ぎました。2015年から2018年の3年間、イタリア国内ではミラノ1号店、フィレンツェ2号店、ローマ1号店、2号店、ルッカ店、ヴェローナ店と出店。
外国では2015年東京、2016年クウェート、2017年フランスストラスブールに出店を果たしたのです。

 

BENHERAT ITALIA
100% MADE IN ITALY をポリシー(伝統的な製法と職人を守り、そして長期間使用し続けることができる製品質を維持する)を守り日々前進しています。

 

レザー製品において価格やトレンドだけが物選びの基準になる風潮は近い将来いつか崩れ去り、人々は原点に立ち返るはずだと私達は考えているのです。

 

TRE / PARTE1 「過去 現在 そして未来へ」

 

【過去】

 

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